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未だ他人事の違憲でしかない者とは討論も辞さず。 [取るに足らない独り言]

今更、社会派ブログを気取るつもりなど毛頭ないが、
東京新聞(神奈川) 2009年9月30日(朝刊24面)より。

裁判員 県内初、開廷 『凄惨場面 衝撃も…』

<一部抜粋>
海老名市の三十代の男性会社員は「罰金があるから、行かないといけないと思い来た」。また、三日間の公休を取ったという相模原市の男性会社員(35)は「六人を選任するのに、あんなに集める必要はないのでは」と指摘した。

これが多数派の率直な感想、奇麗事を抜きに勇気を持って答えた「市民」の声なのではないか?
そして、最も注目すべきは紙面上、市川隆太氏による[解説]欄。


メンツ捨て制度見直せ
 裁判員制度は国民の反対を押し切って始まっただけでなく、法律上も構造上も重大な問題があると指摘されている。
 第一に制度自体が憲法違反だとの指摘。「なんびとも処罰の場合を除き、意に反する苦役に服せられない」という憲法一八条と、「裁判官は良心に従い独立して職務を行い、憲法と法律にのみ拘束される」という七六条に反するからだ。
 第二に「市民が主役」とおだてながら、高裁と最高裁には裁判員を導入しない矛盾
 第三に、軽微な事件は裁判員制度で行わないのに、死刑判決も予想される重大事件は裁判員に行わせる矛盾。「死刑に向き合うことで国民が裁判を真剣に考える」との声もあるが本末転倒な言説だ。
 第四に、性別、国籍、職業など、被告の属性を差別する人が裁判員になる可能性が排除されていない。全員一致でなく、多数決による評決であるだけに危険だ。
 第五に、従来のプロ裁判官だけによる裁判を望む被告たちの選択権が奪われている裁判員が世論の“刷り込み”を受けそうな場合は従来型裁判に切り替える、などの工夫もされていない
 国会と法曹三者(裁判所、日弁連、法務省)はメンツを捨て、早急に見直すべきだ。

どこかしらに不自然、不可解を感じさせる「人為変化」が発起した場合、そこには確実に何らかの利害関係が絡んだ作為的なベクトルが存在するのが常だ。つまり、大抵は、それによって「誰が(一番)得をするのか?」を遡るように探っていけば、自ずと「どうしてそうなったのか?」に辿り着くと換言できる。当ブログではこの明らかな「違憲制度」について、この先も真剣かつ徹底的に追求していきたい。現状では受容せざるを得ない立場に置かれている当事者の一人として、その義務をいたずらに負うだけではなく、監視、精査、是正といった責任も果たすべきである、と考える。
タグ:事件
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